メープルストリートのそのカフェは小さくて、常連同士が名前を知らなくても顔を覚えてしまうような場所だった。
イーサン・カーターが彼女に気づいたのは、雨の降る火曜日だった。
彼女は窓際に座り、本を開いていたが、読んでいる様子ではなかった。ただカップの縁をなぞりながら、どこか思考の奥に沈んでいるように見えた。
見つめるつもりはなかった。でも、その静けさが、周りの動きの中で妙に目立っていた。
「新しい人?」と隣から声がした。
イーサンが振り向くと、コーヒーを置いたリー・ウェイが同じ方向を見ていた。
「たぶん」とイーサンは答えた。「知り合い?」
リー・ウェイは窓の方をちらりと見た。その一瞬、表情がわずかにやわらいだ。
「リン・シャオユっていうんだ」
「なんか、言い慣れてる感じだね」
リー・ウェイはかすかに笑った。「かもしれない」
それが始まりだった。
イーサンがシャオユと話すようになるのに、時間はかからなかった。カフェは狭く、偶然は重なりやすい。飲み物をこぼしたこと、同じテーブルに座ったこと、気まずい謝罪。その積み重ねが、いつの間にか会話へと変わっていった。
彼女の話し方はやさしく、言葉を慎重に選んでいるようだった。それがイーサンには心地よかった。そして何より、彼女はよく聞いてくれた。
「君、考えすぎだよ」と彼はある日言った。
「あなたは考えなさすぎ」と彼女は返した。
「ちょうどいいバランスだね」
彼女は笑った。その瞬間、彼はずっと前から彼女を知っているような気がした。
でもイーサンが最初は気づかなかったことが一つあった。リー・ウェイはいつも近くにいた。
邪魔するわけでもなく、割り込むわけでもなく、ただそこにいる。
時には三人で話し、時には離れた場所から軽くうなずくだけ。でもシャオユと彼の間には、言葉にしなくても伝わるような関係があった。
「どれくらいの付き合いなの?」ある日イーサンが聞いた。
リー・ウェイは静かにコーヒーをかき混ぜた。「長いよ」
「曖昧だな」
「でも正しい」
イーサンは少し眉をひそめた。「仲良かったの?」
リー・ウェイは少し間を置いた。「昔はね」
昔は。
その言葉は、必要以上に長く残った。
時間が経つにつれて、イーサンは自分が思っていた以上にシャオユに惹かれていることに気づいた。それは突然でも劇的でもなく、静かに、気づかないうちに育っていくものだった。
彼は小さなことに目がいくようになった。彼女が考えるときに髪を耳にかける仕草。故郷の話をするときのやわらかな声。さりげなく話題を避けるときの曖昧な笑顔。
ある夜、二人でカフェを出たとき、彼はついに聞いた。
「リー・ウェイと、何かあったの?」
シャオユは少し足を止めた。
「ないよ」と言った。
「前は?」
彼女は彼を見ずに前を向いた。「複雑なの」
「それって、つまりあったってことだよね」
「終わってるって意味」
イーサンはゆっくりうなずいた。でも胸の中の違和感は消えなかった。
「まだ…」と言いかけて、やめた。
「まだ何?」
「なんでもない」
でもその疑問は消えなかった。
数日後、リー・ウェイがイーサンに声をかけた。
「彼女のこと、好きだろ」
否定する気はなかった。「ああ」
リー・ウェイはうなずいた。「彼女は簡単じゃない」
「簡単じゃなくていい」
リー・ウェイは少し彼を見た。「気をつけろ」
「君のせいで?」
かすかに笑って、リー・ウェイは言った。「違う。彼女のせいで」
その答えは、余計にわからなかった。
やがて、微妙だった空気は形を持ち始めた。間の取り方、視線、言いかけてやめる言葉。そのすべてが少しずつ積み重なっていった。
そして、その夜が来た。
閉店間際のカフェ。雨が静かに窓を叩いていた。
三人が、同じ場所にいた。
「彼に話すべきだ」とリー・ウェイが突然言った。
シャオユの動きがわずかに止まった。「何を」
「本当のことを」
イーサンは二人を見た。「何のこと」
沈黙が落ちる。
やがてシャオユが小さく息を吐いた。
「本当は、帰るはずだったの」と言った。
「どこに?」
「一年前に、国に」
イーサンは驚いた。「でも、行かなかった」
「うん。彼のために」
彼女はリー・ウェイを見た。
胸の奥が締めつけられる。
「私たち、付き合ってたの」と彼女は続けた。「長い間」
「やっぱりね」とイーサンは言ったが、声はわずかに揺れていた。
「でも簡単じゃなかった」
リー・ウェイは目を伏せた。「望んでいるものが違った」
「今は?」とイーサンが聞いた。
シャオユは迷った。
「わからない」と答えた。
その言葉は、どんな告白よりも重かった。
イーサンは静かに息を吐いた。「じゃあ俺は?」
誰もすぐには答えなかった。
やがてリー・ウェイが言った。「それは君次第だ」
イーサンは首を振った。「選択肢にはなりたくない」
「違う」とシャオユがすぐに言った。
「じゃあ何なんだよ」
彼女は彼を見た。その目には迷いがあった。
「新しいもの」と言った。
「彼は過去?」
「違う」とリー・ウェイが静かに言った。「俺は過去じゃない」
再び沈黙。
シャオユは目を閉じ、少しだけ呼吸を整えた。
「二人とも大切なの」と言った。
「それじゃ足りない」とイーサンは言った。
「わかってる」
リー・ウェイが立ち上がった。「今すぐ決めなくてもいい」
「ううん、決める」と彼女は言った。
二人が彼女を見る。
「このままは、どちらにも失礼だから」
手が少し震えていた。
イーサンはその瞬間を感じていた。始まってもいない何かの終わりを。
「もし彼を選ぶなら」と彼は静かに言った。「それでもいい」
リー・ウェイが驚いたように彼を見る。
「選ばなくても、俺は離れる」
「どうして」とシャオユが聞いた。
「半分はいらない」と彼は言った。「君はまだ全部を誰かにあげられる状態じゃない」
その言葉は、静かに真実として残った。
リー・ウェイはシャオユを見た。その目はやわらかかった。
「縛るつもりはない」と言った。
「わかってる」
「だから、自分で選べ」
彼女の目に涙が浮かんだ。
「私は…」とゆっくり言った。「離れるべきだと思う。二人のためじゃなくて、自分のために」
二人とも引き止めなかった。
それは、誰かを選ぶ話ではなくなっていたから。
自分を選ぶ話だった。
カフェはその後、少し静かになった。
イーサンは前ほど来なくなった。
リー・ウェイはいつもの席に座り、冷めたコーヒーを前にすることが増えた。
窓際の席は空いたままだった。
でも、空いていることが必ずしも欠けていることを意味するわけではない。
終わっただけのものもあるのだ。
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